サーキュラーエコノミーの実現に向けて、すべての企業に求められる「廃棄物ガバナンス」

経営リスクから考える「廃棄物ガバナンス」(前編)

ESG経営を志向し、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を目指す企業にとって欠かせない取り組みの1つに、「廃棄物ガバナンス」の徹底がある。企業活動に伴う廃棄物を適正な方法でマネジメントするものだが、複雑な関連法規をすべて理解し、遵法処理を徹底するのは容易なことではない。ひとたび問題が顕在化すれば、重大な経営リスクにも直結する「廃棄物ガバナンス」の重要性について、循環型社会と産業廃棄物問題に造詣の深い、廃棄物工学研究所代表取締役・田中勝氏(岡山大学名誉教授)と、三井住友ファイナンス&リース(SMFL)に話を聞いた。

危うい内情も。「廃棄物ガバナンス」の実態

株式会社廃棄物工学研究所 代表取締役 研究所長/岡山大学 名誉教授
田中 勝 氏

「廃棄物の処理をひとたび企業が誤れば、消費者・投資家・従業員などステークホルダーからの信頼を失い、場合によっては経営を脅かす致命的な打撃となる恐れすらあります」。こう指摘して警鐘を鳴らすのは、廃棄物工学研究所の代表取締役を務める田中勝氏(岡山大学名誉教授)だ。

企業活動に伴って生じるさまざまな廃棄物。その処分・リサイクルの過程で、一部でも不適正な処理や不法投棄の介在が明らかになった場合、排出元の企業に何が起きるか──。「廃棄物処理法違反を問われ、その結果、懲役や罰金などを科されるだけでなく企業ブランド価値の失墜にもなりかねません。それゆえ各企業には、廃棄物に対する徹底した『ガバナンス』が求められているのです」(田中氏)

廃棄物処理法(「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」略称:廃掃法)の違反事案は、過去に何度も起きている。近年では、大手外食チェーンから排出された産廃食品の不正転売事件(2016年)が大きなインパクトを残している。産業廃棄物として処分されるはずの賞味期限切れ商品を、委託処理業者が食品卸に不正に転売。それを、排出元企業の従業員がスーパーの店頭でたまたま見つけ、不法行為が発覚した。

SMFL 理事 リソース企画部長
松村 賀央

事件当時、不正をはたらいた産廃処理業者と食品卸には、世間から厳しい非難が浴びせられた。だが、こうした事案にひそむ危うさを、別の視点から指摘する見方もある。SMFL理事リソース企画部長の松村賀央が、事の重大性をこう解説する。「それまでルールに則った対応を心掛けておられても、問題が起きてしまうと、廃掃法が定める『排出事業者責任』を問われかねません」

松村の言葉が浮き彫りにするのは、すべての企業が直面する重大なリスクの1つだ。廃棄物に関するコンプライアンスは、自社内のマネジメントだけでは徹底できない。廃棄処分・リサイクル業者をはじめ、関連企業、サプライチェーンなど、自社の事業活動に連なる広範な関係者との連携が必要だ。一方社内では、経営者以下すべての役員・従業員の意識を全社的に向上させて取り組む「廃棄物ガバナンス」の構築が求められる。

だが必ずしも実態は、理想どおりにはなっていない。廃掃法違反を「深刻な経営リスク」と考える企業はまだ多くはなく、廃棄物ガバナンス体制の構築にはあまり意識が向けられていないのが実情だ。企業の産業廃棄物処理と廃棄物ガバナンスについて松村は、「表面上は適法に見えても、実態は危ういケースがあります」と現状の裏側を指摘する。

「廃棄物の3R(発生抑制、再使用、再生利用)に、多くの日本企業が取り組んでいるのは事実です。ただ、その実際の手法は、外部の中間処理業者や収集運搬業者などに廃棄処分やリサイクルを丸ごと委託しているケースもあると思われます。そのため、廃掃法の内容を十分に理解し、同法に則った適正な処理を徹底する必要があります」(松村)

「知らなかった」では済まされない。すべての処理責任は、排出元である企業に

では、「排出事業者責任」とは、どのようなものか。田中氏の解説はこうだ。「産業廃棄物の処理・管理に関して、企業が行うべきことを示し、義務付けた法律が廃掃法です。同法の3条では『事業者は、その事業活動に伴って生じた廃棄物を自らの責任において適正に処理しなければならない』とし、11条では『事業者は、その産業廃棄物を自ら処理しなければならない』と定めています」

たとえ外部の業者に処理を委託する場合であっても、処理責任はあくまで排出元の事業者が負う──これは廃掃法の重要なポイントだ。同法12条7項では「事業者は、(略)産業廃棄物について発生から最終処分が終了するまでの一連の処理(略)が適正に行われるために必要な措置を講ずるように努めなければならない」と規定されている。だが松村が述べたように、この点が企業全体に完全に認識されているとはいえず、遵法処理の徹底は十分とはいえない。

SMFL リソース企画部 スペシャリスト
室田 康彦

とはいえ、ESG経営が志向される昨今では、ガバナンスの徹底こそが、企業の最重要課題である。なぜ、浸透に高いハードルがあるのだろうか。SMFLリソース企画部の室田康彦は、「廃掃法が定める処理ルールの複雑さが、適正な処理を難しくしている一因と考えられます」と、具体的に挙げる。

「廃棄物の処理を外部委託する際、排出事業者は、収集運搬や中間処理などの各プロセスに携わる許可業者との間で、一つひとつ『処理委託契約』を結ばなければなりません。また、契約書に記載すべき項目(法定記載事項)も、細かく多岐にわたります。遵法性を満たすこと自体に、高いハードルがあるのです」(室田)

実は、処理業者に対する事業許可の仕組みも非常に複雑だ。産業廃棄物の種類ごと、収集運搬と処分ごと、そして地域ごとに、各行政からの許可を得なければならない。そして排出事業者はそれらの業者すべてについて、許可証の存在を1つずつ確認することが求められる。「処理プロセスの一部分に対する許可だけを確かめて、全工程に『問題なし』と見なしてしまうケースが見受けられます。また、委託契約を結ぶ際に、法的知識が不十分な処理業者側が作成した契約書を入念にチェックしないまま契約を締結してしまい、結果的に記載事項が法的要件を欠いた状態になっているケースも散見されます」(室田)

もう1つ、廃棄物の処理ルールで押さえておくべき点が「産業廃棄物管理票制度」だ。産業廃棄物処理を外部委託する際、「マニフェスト」(下図参照)と呼ばれる管理票を排出事業者が受託業者に交付する制度である。処理終了後、管理・確認事項を受託業者がマニフェストに記入し、処理内容を報告。それによって、契約内容のとおり適正に処理されたかどうかを排出事業者が判断・確認する仕組みだ。

「マニフェスト制度は欧米にもありますが、産業廃棄物の全領域をカバーしているのは日本だけ」と語る田中氏は、「日本ではそこまで安全が重視されているということです。マニフェストは、産業廃棄物の処理・リサイクルの適正さと信頼性を担保するもの。従って、極めて高精度の運用が求められます」と話す。

ただしその実態について、室田はこんな懸念も吐露する。「田中先生のご指摘どおり、厳密な運用が不可欠です。しかし実際には、契約書に基づいたマニフェストが発行できていないことや、廃棄物の種類などをはじめ、記載内容の信憑性が契約書の内容も含め疑われるケースが珍しくないのです」(室田)

排出事業者は、「廃掃法」に基づき、産業廃棄物の運搬・処分に関する責任を負う

※ 廃棄物処理法(「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」)

サーキュラーエコノミーに不可欠な資源の有効利用

遵法性の徹底に多面的な難しさがあることは、確かなようだ。だが、「それでも、排出事業者責任を企業が全うし、廃棄物ガバナンスを構築することは、今や急務なのです」と田中氏は強調する。

「人類が目指す循環型社会とは、大量生産・大量消費・大量廃棄に代わる次代の社会モデルです。日本では『循環型社会形成推進基本法』(2000年公布)により、『廃棄物の発生量を抑え、それでも排出されるものは “ 循環資源 ” として捉えなおし、循環的利用を図るべきこと、どうしても循環的利用ができないものは適正に処分する──これらにより、天然資源の消費抑制と環境負荷の低減が実現された社会』と循環型社会が定義されています。廃掃法は、そのための具体的な方策を企業に求めています」(田中氏)

一方、近年では、「サーキュラーエコノミー」(循環型経済)という言葉を耳にする機会も増えた。廃掃法が目指す「循環型社会」との違いは何だろうか。田中氏によると、サーキュラーエコノミーが「完全な資源循環」を志向するのに対し、循環型社会では「廃棄物の安全な処理」に重点が置かれる点に違いがある。ただ、資源を大切にするという考え方は共通だ。「重点にやや違いはあるものの、循環型社会とサーキュラーエコノミーどちらを実現するにも、企業が排出する産業廃棄物を徹底的に利用し、それができなければ適正に処理処分することが不可欠だということ、これは言うまでもありません」(田中氏)

循環型社会・サーキュラーエコノミーの実現に向けて求められる廃棄物の適切な処理、廃棄物ガバナンス──難しいかじ取りを迫られる排出事業者は、どのようにこれらの課題に対応していけばよいのか。後編では、自らも排出事業者として課題解決に挑んでいるPanasonicグループとSMFLの取り組みを紹介し、対応指針を固めるヒントにしたい。

  • 新型コロナウイルスをはじめとする感染症予防対策を取った上で取材・撮影を実施しております。

(内容、肩書は2023年5月時点)

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