「物の価値を見極める力」──新たな道を切り拓き、長期熟成が必要な国産ウイスキーに動産担保融資(ABL)を実施
異なる場所で生まれた2つの意志、「本物の長期熟成ウイスキーを造る」と「日本のウイスキー文化を手助けしたい」が、巡り合うべくして出会った。津崎商事と三井住友ファイナンス&リース(SMFL)は、「熟成中のウイスキー原酒在庫を担保とした動産担保融資(ABL)」の検討へと進む。だが物語は途に就いたばかり。融資を実行するには、「担保物件の価値評価」について高い壁を越えなければならないのだ。SMFLのプロジェクトチームはどのように難関を乗り越えたのか。後編では “ 出会い ” 以降の関係者の思いに迫る。
響き合った両者──国産ウイスキー100年の歴史に “ 期を画す ” 合意が成立
宇戸田 祥自 氏
「今だから話せますけれど、なんだか怪しい人たちが来たぞ、と思いました」。2022年7月、大分県竹田市の「
小野寺 一磨
「私たちも全く同じです」とSMFL FA&S推進部の小野寺一磨が応じた。「宇戸田社長の “ 本気 ” をひしひしと感じました。少人数私募債で資金調達なさったお話には心底驚きましたし、その意気込みと執念には敬意を表すしかありませんでした」(小野寺)
小野寺と共にプロジェクトチーム(以下:PT)の中枢を担ったSMFL アグリフードビジネス推進室の冨岡寛も口を揃える。「今後、蒸溜所の増加による競合の激化など日本のクラフト蒸溜所には厳しい経営環境が予想されますが、より良いウイスキー造りに真摯に取り組まれている後世まで残ってほしい蒸溜所だと思いました」(冨岡)
冨岡 寛
小野寺と冨岡は、ウイスキーの長期熟成を支援できる動産担保融資(ABL)の意義を説き、宇戸田氏はすぐに理解・共鳴した。ウイスキーを愛する3人──津崎商事とSMFLの両者は、動産担保融資(ABL)の組成で合意。“ ジャパニーズウイスキー ” の価値を未来に継承していく道を照らす、新たな光が灯った瞬間だった。
「ウイスキー原酒」の将来価値をどう見極めるのか
「国産ウイスキーの文化を守り将来に引き継ぐための、実に有意義なスキーム」と宇戸田氏が膝を打った動産担保融資(ABL)。だが実行のためのゴーサインをSMFL社内で得るには、さらに越えるべき難所が幾つかあった。
「最大の難関は、融資の審査に欠かせない『担保物件の価値評価』でした」と冨岡が、立ちはだかった高い壁を解説する。「ABLでは、企業の在庫(原材料・商品)や機械設備などの資産(モノ)を担保にして融資を行います。一般的にこうした “ モノ ” にはそれ自体に残存価値があり、さらには中古品としての市場も確立されているので、価値評価は比較的簡単です。しかし、本プロジェクトの担保物件 “ ウイスキー原酒 ” の場合、クローズの相対取引がごく一部で行われているのみ。その価値を客観的に評価することは困難を極めました」(冨岡)
そのような難題をどう突破したのか。当時の心境を話す小野寺ににじむのは、応援体勢があったことへの感謝の念だ。「原酒の価値は我々自身で見積もるしかありませんでした。国内外のマーケット動向についてあらゆるデータを取り揃え、見積もりの精度をできる限り高めた上で社内を説得しました。審査を担当する部署に納得してもらえるロジックを組み立てることは特に苦労しましたが、伏見部長をはじめとしてサポートいただいた関係各部のメンバーの後押しが大きな助けになりました」(小野寺)
伏見 博幸
SMFL ネクストビジネス開発部長の伏見博幸は、PTの始動以降リサーチ面での支援を行っていた。注目した理由を伏見は、「時代に切り込むビジネス」と評価する。
「金融機関は、財務内容を重視した与信判断が主流です。しかし、私たちリース会社の仕事は本来、『モノの価値』を見極めること。そしてモノの価値は通常、どんなものでも時とともに経年劣化し、その価値は低減します。ところが今回、ウイスキー原酒という非常に特殊な “ モノ ” に着眼した。歳月を経るほど価値が高まる担保──今までにないモノであり、価値を見極めることができれば、新たなビジネスにつながるかもしれない。これはひょっとしたらひょっとするかな、と “ 化ける ” 可能性を感じました」(伏見)
さらに伏見は付け加える。「ネクストビジネス開発部は、営業部署を後方から支援するアドバイザーの役割があります。小野寺や冨岡たちのこのプロジェクトを押し上げて、ビジネスモデルを確固たるものにしたいと考えています」(伏見)
「担保の評価」とは別に、「担保の保全・管理」も難しい点だったという。冨岡は、「不測の事態に備えて担保をどう保全し、どう管理するかが問われました。宇戸田社長と何度もディスカッションを重ね、社内の了解が得られる現実的な落としどころを探りながら、最適な解決策を見つけていきました」と語っている。
反響と後続への期待。“ 種 ” から育った事例の先に「地方創生」を展望する
2023年夏、初めての融資が実行された。
「久住」のブランド名を冠した長期熟成ウイスキーの出荷を目指す宇戸田氏は今、さらに遠い未来を見据えている。「20年物のウイスキーを安定的に販売できる状況になるまで、おそらく100年はかかります。私にとってのゴールは、その100年目に久住蒸溜所がウイスキーを造り続けていることです。わが蒸溜所がその間に地元の皆さまから愛される存在となり、地域のシンボルとなって経済が活性化すれば、こんなにうれしいことはありません」(宇戸田氏)
一方、SMFLにとって本案件は、シードコンテストのアイデアが事業化につながった第1号事例となった。プレスリリースや新聞記事でその一報が伝えられると、大きな反響が巻き起こった。社内の営業部署、グループ会社、ほかの蒸溜所など、社内外のステークホルダーから次々と問い合わせが来た。ある方は「地域振興の取り組み事例として海外に紹介したい」と連絡してきたという。
伏見によると、「自分のアイデアを本当に事業化できるんだ」と感激したSMFL社員の声も聞こえてきたそうだ。「単なるビジネスコンテスト以上のものであることを証明できたことが何よりでした。本件のABL組成は、『社員のチャレンジと成長を応援する』SMFLの風土があったからこそだと思っています」(伏見)
小野寺は、自分たちの後に続く挑戦にも期待を寄せる。「シードコンテストは、“ ゼロからのチャレンジ ” の背中を押してくれる取り組みです。今後コンテストに応募する社員にも、世の中全体を見渡しても前例のない新たなビジネスに、“ 攻め ” の姿勢で挑んでほしいと思います」(小野寺)
2021年度シードコンテスト最終選考の前夜を振り返りながら、冨岡も同じ思いを語る。
「小野寺から最初に話を持ちかけられたときには驚きましたが、こういう考え方も大事だな、と痛感しました。今回のABLで一番大きかったのは、やはり、『この会社さんと仕事したい』と感じさせてくれた宇戸田社長の熱量でした。これから新たな挑戦を目指す人たちにも、そんな出会いを大切に育てて革新的なビジネスにつなげてもらいたいですね」(冨岡)
植え付けた種(シード)は芽吹いた。もっと育ち、枝葉を茂らせたときの姿に小野寺は思いを馳せる。「ウイスキーの本場スコットランドには、1824年設立の『グレンリベット蒸溜所』をはじめ約150カ所の蒸溜所があり、年間約200万人もの観光客が同地を訪れます。ウイスキーが地域経済の “ ハブ ” になっているのです。地方創生への取り組みはSMFLが掲げる重要なテーマの1つ。久住蒸溜所にもぜひそうなっていただきたいし、今後我々がウイスキー以外のアセットでチャレンジするビジネスでも、この視点を意識していこうと思っています」(小野寺)
ウイスキーは不思議な液体だ。5年、10年、20年と静かに時を刻みながら、自らの味わいと価値を高めていく。「挑戦しよう」という社員の “ 意志 ” で始まるSMFLの新たなビジネスも、きっとそれに似た “ 熟成 ” を深めては歳月とともに芳醇に香り立っていくことだろう。
(内容、肩書は2024年3月時点)
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アグリフードビジネス推進室
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