海運の脱炭素化へ。SMFLが推進する「ブルーエコノミー」とは?
2021年1月、三井住友ファイナンス&リース(SMFL)は、リース会社として世界で初めて「ポセイドン原則」に署名・参画することを発表した。同原則は、海運業界の脱炭素化の取り組みを金融面から支援する国際的な枠組みだ。参画の経緯と狙い、そして動き始めた「サステナビリティ・リンク・リース」とは? 前編に続き日本総合研究所常務理事の足達英一郎氏にご登場願い、SMFL海運物流営業部長・酒井敦史との対談から、SMFLの針路を見晴らす。
国際海運をサステナブルにシフトする枠組み
酒井 「ポセイドン原則」は、その名称が示す通り「海」にまつわる取り決めです。具体的には、国際海運の脱炭素化を推進する国際的な枠組みで、2019年6月に欧米の11金融機関によって設立されました。背景にあったのは、国際海運セクターに由来するCO2排出量です。実は、これをどの国に帰属させるかと線を引くのは、とても難しい。国別のデータと並べて比較すると、多いほうから中国、米国、EU、インド、ロシア、日本に次いで国際海運セクターの排出量は7番目に多く、全世界のCO₂総排出量の約2%を占めています。また、船舶の主な燃料は重油で、重油は他の化石燃料に比べても多くのCO2を排出してしまいます。現在、パリ協定※1のCO2削減目標に向かって各国が努力を続けていますが、国と国をまたいで事業展開する国際海運は排出量を特定の国に振り分けることができないため、同協定の枠組みにもセクターとしては参加していません。そこで国際海事機関(IMO)※2が2018年に、独自の取り組みとして温室効果ガスの長期的な排出削減ロードマップを策定しました。2050年までに2008年比50%に減らし、今世紀中には0%にしようというものです。気候変動に関し、特定のセクターにおけるこのような合意は先例がありません。ポセイドン原則は、このコミットメントを金融機関としてサポートする枠組みです。
世界のエネルギー起源CO2排出量
足達 参画した金融機関は、自社がファイナンスしている海運事業者の船舶が排出する温室効果ガスについて、ポセイドン事務局が出した基準値に照らした達成度を評価し、数値で公開するというものですね。金融機関にとって、ファイナンス先の企業がCO2削減目標と乖離している状況は望ましくないので、海運事業者に改善を求めることになり、排出抑制が図られるというスキームだと理解しています。私は、SMFLさんのポセイドン原則への参画をリリースで知り、その野心的かつ積極的な英断に、正直、驚きました。
国際海事機関(IMO)が目指すGHG(温室効果ガス)排出削減ロードマップ
※1 2015年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において採択され、2016年に発効。京都議定書に代わる、2020年以降の温室効果ガス排出削減などのための新たな国際枠組みで、世界共通の長期目標として「2℃目標の設定とともに、1.5℃に抑える努力」を追求する
※2 船舶の安全および船舶からの海洋汚染の防止など、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関。1958年に設立。2021年8月現在、174の国・地域が正式に加盟し、3地域が準加盟国となっている(出典:IMO)
変動リースで、CO2削減意欲を引き出す
酒井敦史
酒井 私どもが本格的に検討を始めたのは昨年(2020年)夏のことでした。以来、社内で検討を重ねていき、当社が「Our Vision」として掲げる《SDGs経営で未来に選ばれる企業》という目標に照らし、ポセイドン原則への参画は当社の姿勢を広く知っていただくのに良い機会だと判断しました。もちろん、リスクもあるため、慎重論もありました。リース会社のファイナンス対象には燃費性能が相対的に劣る中古船舶も多く、開示する数値があまり好ましくないことが想定されたからです。しかしたとえ数値が悪かったとしても、そこを出発点にして毎年改善を図るような取り組みをしていけばいいし、そういう取り組みをすること自体が当社のSDGs経営につながるうえ、この参画が、環境意識の高いお客さまとの新たな脱炭素ビジネスを呼び込むことも期待できる──そう考えて、参画を決断したわけです。
足達 素晴らしいことだと思います。革新性あるグリーンな事業を支援することは金融機関の大切な役割です。それと同時に、従来のやり方を簡単には変えられない事業、あるいは比較的体力の小さな企業を支えながら、カーボンニュートラルへの移行を促すこともまた、SDGsに取り組む金融機関の使命ではないでしょうか。この2つを両立させ、バランス点を探っていくのだ、というSMFLさんの確固たる決意を感じます。
酒井 ありがとうございます。おっしゃる通り、お客さまのなかには、「SMFLは、中古船舶や重油燃料の船舶から撤退するのか……」と心配される方もいらっしゃいました。もちろん、撤退も縮小もしません。燃費の良い船舶への更新を後押しするだけでなく、中古船舶を求めるお客さまにもこれまで通り対応してまいります。たとえば運航改善のアドバイスもその1つです。長く船舶ビジネスで培ってきた知見をもとに、航行スピードやルートの取り方など「運航の仕方」の工夫をお伝えし、燃費効率の一定程度の改善を目指します。加えて、高性能のプロペラや船体抵抗の軽減装置などの船舶への後付け装置を設置することによって、さらに燃費改善を図るお客さまもいらっしゃいます。そのような装置の設置工事のファイナンスにも取り組むことによって、CO2削減に向けたお客さまの努力をサポートしていきたいと考えています。
足達英一郎氏
足達 ポセイドン原則に関連した初のリース取引の取り組みは、今年(2021年)の4月だったと伺いました。
酒井 はい。アメリカのお客さまの中古船舶購入資金のファイナンスとして、グリーン・ファイナンスの一種である「サステナビリティ・リンク・リース」に取り組みました。グリーン・ファイナンスには主に、資金使途がグリーンプロジェクトに限定される「グリーン型」と、資金使途の制限はなく、サステナビリティ目標とその目標達成時のインセンティブをあらかじめ設定する「サステナビリティ・リンク型」の2種類があります。当社が今回手掛けたサステナビリティ・リンク・リースは、ポセイドン原則に基づき金融機関が開示する数値に関連して、CO2排出量削減実績をKPIとして、その目標を達成したらリース料を下げるというアプローチです。サステナビリティ目標を達成してリース料が下がれば、それを燃費改善のための船舶への後付け装置へ設備投資する際の原資とすることなどもできますので、お客さまがCO₂削減のための工夫を生み出すモチベーションもさらに高まるという好循環が期待できます。
足達 昨今、「ブレンデッド・ファイナンス」といって、政府や国際機関などが民間企業と協力して資金を出し合い、社会課題解決に寄与するプロジェクトを進める動きも始まっています。再生可能エネルギーで動く船なども、実際に運航されることになるかもしれません。ポセイドン原則に参画され、情報をいち早くキャッチできる体制を整えておくことは、この動きが本格化したときの力にもなることでしょう。
SMFLのサステナビリティ・リンク・リース
“ブルーエコノミー推進ファイナンスサービス企業”へ
酒井 今回の当社の参画は、マスコミなどにも多く取り上げられ、問い合わせが増えました。一緒に事業をやってみようというお話も頂戴しております。一方で、手続きが煩雑になるのではないかと心配されるお客さまの声も聞こえてきます。それらのご懸念にはきちんと説明することでお応えし、ご不安を払拭してまいります。
足達 新しい取り組みには、ネガティブな反作用が付きものなのかもしれません。SMFLさんには、ぜひこの障壁を突破していただきたい。
酒井 はい。国際海運は、日ごろ一般の方々の目にはあまり触れることのない産業です。しかし世界の物流を支えているのは、まぎれもなく、海上輸送です。コロナ禍のロックダウン下で巣ごもり需要が急増しても、各国の人々がほぼ物資に窮せず暮らせたのは、海上輸送が機能し続けたからこそ。特に、島国である日本は衣食住の多くを輸入に頼っています。日本の経済や国民生活にとって、国際海運はまさに「ライフライン」です。
足達 ただ、海洋に関心を持つ方も、最近、増えてきたように感じますね。私自身の勝手な分析なのですが、そうした方々の関心の起点は3種類に分類できる気がしています。1つは海洋資源に関心がある方。もう1つは地政学的、政治力学的な観点で海を見る方。そして3つ目がサステナビリティの観点で、どうやって持続可能な海をつくっていくかを考える方です。足元で、この3つが大きく重なろうとしています。人類の叡智を傾けて、海が持っているポテンシャルをどう生かしていくかを考えること。それができるかどうかが、持続可能な未来の成否を決めるといえるのではないでしょうか。最近、「ブルーエコノミー」という言葉が国際会議の場などでも定着しつつあります。そこには、経済的な観点のみならず、政治もサステナビリティも含まれています。SMFLさんは事業を通し、海洋の持続可能性を支える意志を明確に示されました。ぜひ、「ブルーエコノミー推進ファイナンスサービス企業」を目指していただきたい。
酒井 「ブルーエコノミー」、無限の可能性を秘めた広大な海原が目の前に広がるかのような言葉ですね。ぜひ、そこを目指していきたいと思います。本日はありがとうございました。
※ 新型コロナウイルスをはじめとする感染症予防対策を取ったうえで取材を実施しております。
(内容、肩書は2021年10月時点)
お問い合わせ
海運物流営業部 TEL:03-5219-6394